北鮮を追われて      其の四

幸いなことに家から大通り一つ挟んだ向かい、前に軍司令部のあった跡がゲーベーウーの

司令部になりました。ゲーベーウーとはアメリカのMPと同じで兵隊にとっては鬼より怖

い存在です。ソ連にもそれなりの軍規があるらしく、犯行現場を見付けられると有無を言

わさず射殺だとか, いくら囚人部隊だといっても余りに酷いと思ったけど彼らにとっては

ここはまだ戦場なのでしょう。お陰で獲物を探してうろつく兵隊は影を潜めました。

ほっとしたのも束の間、脱走兵狩と称して働けそうな男の人がどんどん拉致されはじめた

そうです。元気な者は殆ど兵隊に取られたのに未だ残っていたのは驚き。

そうこうする内にソウルに行った金さんが帰ってきました。かなり強行軍になるけど何と

かいけそうだ。それに男狩りが始まったから急いだ方がいいということで慌しく脱出準備

が始まりました。父は≪物に未練は残すな。体さえあれば物は又作れる≫と言い母もそれ

に同調していましたが私は、帝政ロシアの頃彼の地で、貿易商の祖父と共に長らく暮らし

ていた祖母が集めたと言う宝石の数々を琴爪の箱に詰め込んで持っていました。

小さいものだしガラス玉だと思ってくれるかもしれないとこっそりポケットに入れたのも

忽ち見つかって≪もし保安隊に見付けられでもしょうものなら日本人のエリートと思はれ

て又逆戻りだ≫ かくて肌着に先祖の贈名と命日だけを墨で書き込みボロ服に毛布を一枚

荒縄で背負い石を以て追われる如く住み慣れた我が家を後にしました。