北鮮を追われて 其の九
初秋の陽が西に傾きかけた頃一寸した町が見えてきました。私達を街の入り口にあった作
業小屋の蔭に隠して何処かへ行っていた金さんがニコニコして帰ってきました。
「汽車の切符が買えたので明日は38度線を超えられそうだ」と本当に嬉しそうでした。こ
の街から難民列車でない南下する汽車がでているようです。人の顔がぼんやりとしか見え
ない時間まで待って驛に急ぎました。こんな時局なので旅をする人も少ないと見えてホー
ムはぱらっと一杯程度。変装の身を縮めるように柱の蔭に身を潜めていると今度は母が駅
員に捕まってしまいました。「おまえ日本人だろう。日本人は汽車には乗れない」少し離
れたところで困った顔をしていた金さんが丁度到着した列車から降りてきた男の人の傍に
駆け寄りました。程なく其の男の人と一緒に戻ってくると駅員と暫く話していましたが何
とか放してもらえました。しかし母を置いては行けなかった我々4人の前から汽車は去っ
てしまいました。あの男の人は金さんの従兄弟でバリバリの共産党員。戦争中は特高に酷
い目に合わされたそうですが今はこの辺りの有力者。金さんもそれを当てにしてここから
汽車にのるつもりだったようですが「協力出来るのはここまで、後はお前が何とかしろ」
とつつぱねられた様子。殆ど暗くなった駅舎をすごすごと出てもとの作業小屋まで引き返
し今夜はここで夜明かしをしょうと毛布を広げていると向こうから人影がひとつ。さては
駅員か保安隊員かと身を固くしていると流暢な日本語で「さっき驛でみていたけど、こん
な所で野宿なんかすると風邪を引くよそれにそこの娘さん凄く顔色が悪かったけど病気じ
ゃないの?今夜は家に泊めてあげるから一緒においで」と言ってくれたけど真意が判らず
ためらっていると「父が昔大阪で食うや食わずで働いていた時とても親切な日本人に助け
てもらったと死ぬまで感謝していたので其の恩返し、オモニーも承知だから心配しない
で」との事に好意に甘えて付いて行きぼつぼつ底冷えの始まった一夜を暖かいオンドルと
暖かい食べ物で過ごすことが出来ました。辛い逃避行の中で一番しあわせな一夜でした。