アルゲリッチ音楽祭の由来

            
            

五月四日の朝、休日の事とて何時もより遅くまで床の中でのんびりラジオに耳を傾けていました。NHK大分局の総合で、間もなく始まる アルゲリッチ別府音楽祭 の話題のようでした。アナウンサーが「なぜアルゲリッチがもっと大都会でなく別府や大分のような地方都市で十四年も続いているのでしょうね?」と問いかけると、広報課長だと紹介された女性の答弁に「この地の人々の優しい人情や風土が御気に召したのでしょう」ですって。とんでもない。広報課長ともあろう者が設立の由来も知らずに外部と折衝していたの?後にでてくる馬場財団の創立者やこの音楽祭を立ち上げたピアニストの母親もこのブログを書いている私も女学校のクラスメート。そもそもの始めは馬場財団からアルゲリッチ招聘の話が出てアルゲリッチの唯一人の愛弟子であるピアニストの尽力で第一回目は 東京・京都・山口それに愛弟子の住む別府となった次第。殊に別府では若い音楽家の育成の為にと、しばしばギャラを寄付されたそうです。この音楽祭はそうした個人的な師弟愛によって永らえているのです。昨日も年を重ねた師を気遣って未だ完治していない微熱を抱えたままヨーロッパまで迎えに旅立ちました。